
しくみメンバーの魅力を伝えるインタビューシリーズ。 第7回は、意外なきっかけがエンジニアへの後押しとなった ”timaiさん” です。
日頃の謙虚なtimaiさんからは想像できない歩みに驚きつつ、着実にエンジニアとしてのキャリアを積み重ねてこられたこれまでを語っていただきました。
メンバーがこれまでの歩みを振り返る形でご紹介いたします。
小学生の時に観たディズニーの「トロン」という映画が、私のプログラミングの原点です。盗まれた開発データを取り返す為に戦いを挑んでいくというストーリーですが、コード書けるのすごい!ハッキングかっこいい!なんて感動したのを思い出します。
中学生で初めてPCを買ってもらいました。MSX2というディスプレイのないPCです。本当はスーパーファミコンも欲しかったのですがさすがに2つはダメで、ゲーム三昧になるのならという親の思惑もあったのかもしれません。
当時は雑誌に掲載されているコードをそのまま打って、動いて感動!みたいなのを繰り返していました。今だと簡単にコピーできますが、もちろん一文字でも間違ったら動きません。正確さがないと動作しないことも学べていたのでしょうが、打つコードも段々長くなっていき、まだインターネットも今ほど十分に普及していない時代なので、曖昧なエラーメッセージを調べることもできません。手強さもあり、高校で一旦PCから離れました。

映画が好きだったので映画部なんかを希望していたのですが、なかったので演じる側へ。そう、演劇部です。今でも忘れない「羞恥心を消す」という稽古。当時は何の抵抗もなくできていたのが不思議な内容です。
こういう稽古があったからなのかどうなのか、高校2年の時に廃部になり、裏方としての役割のみで帰宅部を余儀なくされましたが、演劇とはこの後また出会う運命となります。
進路を決める際にもう一度プログラミングしたいと思うと同時に、先生からも手に職をつけることを強く進められ、コンピュータ専門学校へ進学しました。実家を出て、新聞奨学生として働きながら。チラシの折込から朝刊の配達、学校から帰宅してまた折込、夕刊の配達や集金等、睡眠時間3時間程度で休み無しを1年間勤めあげました。今思い出しても本当にキツくしんどい時期でしたね。
学校では、本格的にコードを書いていました。数十台並んでいるPCを見るだけで嬉しかったです。思い出すのはアセンブラという言語を読み解く授業。1,2分でできる人、1日かかってもできない人、この時に努力以前に向き不向きがあるんだということを学んだ気がします。ここで素質がないと感じていたら、おそらく私は辞めていたでしょう。当時は人生で初めてと思うくらい勉強していました。試験の結果が上がっていくのが嬉しかったですし、無理矢理ではなく、好きなことができていて、自ら自然と集中していたのを覚えています。そしていい先生にも出会えました。
「コンピュータの仕事は増えているし、これから職がなくなることはない。いつでもできるから、もしやりたいことがあるなら今やってほしい」
そして卒業後、私は劇団へ入りました。(笑)