
しくみメンバーの魅力を伝えるインタビューシリーズ。 第6回は、デザインの匠こと”Sparrowさん” です。
仕事に関しても多方面での経験があるSparrowさんですが、幼少期からの多才ぶりも伺える内容となりました。また、ご家族への想いも語っていただいています。
メンバーがこれまでの歩みを振り返る形でご紹介いたします。
背が伸びてほしい一心で小学校ではバスケ部へ。ちょうどその頃、3on3が流行っていてクラスでメンバーを募り、チームを結成しました。町田の東急ハンズで大会があったので、出場したところ見事優勝。これが第一回目だったこともあってか、テレビ神奈川から取材を受けましたね。いい思い出です。 6年生の時には、地元のショップがスポンサーについてくれてスケボーの大会にも出ました。PCと出会ったのもちょうどこの頃ですね。5歳上に兄がいるんですが、その兄が受験勉強用に持ってたPCを一緒にさわらせてもらっていました。というか、こっそり使う時もありましたけど。当時は、DOS/Vでした(笑)。

中学生になると、一年目のいわゆる「走らされるだけのバスケ」が嫌になり、スケボーやローラーブレードやモトクロスにどんどん夢中になっていきます。そんな矢先、スケボーの練習中に手首を骨折してしまいました。これがトラウマとなり、怪我から遠い生活がしたくなったんですね。ここから一気にインドアの生活に傾いていくことになります。
元々デザインは好きだったので、グラフィティアートに興味を持って、よく落書きしたりしていました。高校生の頃にはPCも自作で組んだりできるようになっていて、しっかりオンラインゲームにも没頭。ゲームをやっていると、掲示板とかチャットにも興味が派生していって、どうやって作るの?自分で作っちゃいたい!と思って、独学でマスターしました。
当時、コーディングからできるWebデザイナーってホントにいなくて、気がつくとアルバイトで仕事を受注するようになっていました。スポンサーになってくれてたスケボーショップのHP作ったり、母や兄の知り合いからも頼まれたりしながら、いろんな依頼をこなしていましたね。
報酬も一般的なその年代のアルバイト価格ではなかったので、有り難かったです。でもこのお金はPCのパーツ代に消えていて、でも今思うといい好循環だったなと感じます。
17歳からデザイナーっぽいことを始めて1年後、兄が「勤め先の系列会社がWebデザイナー探してるから来ない?」と誘ってくれて、HPをまるっと作ったりしていました。そこから他分野にわたり、いろんな経験をすることになります。
グラフィックアートから派生して、ブレイクダンスやったりDJやったり。 ホント興味持ったらとことんって感じだったんですが、ダンスの師匠がRSCロックステディクルー(日本で初めてブレイクダンスを流行らせたチーム)のメンバーだったので、経営していたメーカーのアパレル店員なんかをやってたこともあります。
DJ時代のリミックスを聴きたい方は、こちらからどうぞ。